酔いどれ男のさま酔い飲み歩記③~東京下町、蒲田で飲み歩く
ひとり旅にはお似合いの一人酒を、面白おかしいエピソードでつづる体験談エッセイ「酔いどれ男のさま酔い飲み歩記」。第3回「東京下町、蒲田で飲み歩く」のタイトルで、東京都大田区蒲田での酒場巡りを掲載します。
※飲み歩き当時を綴ったエッセイなので、お店の情報など現在と異なる場合があります
はじめに
東京にはシャレた店かチェーン店しかない・・・30代の頃、そんな思い込みをしていた。もちろんそれは誤解であり、逆に言えば、都内に数え切れないほどある名酒場や大衆酒場を全然知らなかったがゆえの「無知」だった。
40歳を過ぎてから、ようやく酒場に対する目利きができるようになった。立ち飲みを知ったのもその頃だった。旅先で美味い料理に舌鼓を打つのもいいが、酒場そのものの雰囲気に酔いながら一人酒を飲むのもアリだと思うようになった。
能書きはもういい。早速、東京下町の蒲田で飲み歩くとするか。
蒲田「辰万」~今は無き蒲田一の激安酒場
蒲田での飲み歩きは、都合3度目となる。2004年8月に初めて蒲田で飲んだ。この時に寄った店が立ち飲み初経験だった。この店については後ほど語らせてもらおう。
2度目は翌05年10月、「さしみや五坪」と「日本再生酒場」に寄った。日本再生酒場でBGMに流れていたのはクレージーキャッツメドレー。植木等先生のハイテンションな歌声につられ、私のテンションも上がりっぱなしだった。
そして3度目が今回の06年4月。これは全く予定外の蒲田入りだった。札幌旅行をして帰る途中、会社から電話が入り「明日休んでいいよ」という連絡を受けた。そういうことなら、羽田から直帰せず、蒲田でもう一泊しようと目論んだのである。
思いがけない蒲田での夜の一杯。口明けに行こうと狙いを定めていた店があった。
蒲田一の激安酒場「辰万」である。
黄色い幌付き屋根に「立飲 大衆酒場 辰万」と記された文字は、もはやボロボロ状態。店は完全なるオープンスペースになっていて、歩道上にはみ出して飲んでいるお客がいるほどである。その入口付近で、おばちゃんが焼きとりを焼いている。
実はこの店、05年の蒲田飲み歩きでもマークしていた。だが、店内に入り切れないほどのお客で常ににぎわっており、「余地はないな」と諦めていたのだ。常時満席ということは、何か客を惹きつけるものがあるに違いない。
店内の一角にもぐりこみ、生ビールとぬた、やっこ、ハツ&タン焼きを注文した。焼きものの担当はもちろん、入口のおばちゃんで、やたらと威勢がいい。どうやら、このおばちゃんが店の「看板娘」のようだ。
場所柄、サラリーマンが多いのかと思いきや、辰万に群れている酔客はほとんどが近所のオヤジと思われる年配者ばかり。サラリーマンは、近くにある「日本再生酒場」の方に足が向くのだろう。かく言う私もそうだった。
なお、「辰万」は残念ながら閉店してしまい、二度目の来店はかなわずじまいとなった。
蒲田「さしみや五坪」~業界人と勘繰られて
続いてやって来たのは、2度目の来店となる「さしみや五坪」である。この店は1階が立ち飲みスペース、2階がカウンター席と小上がりになっている。旅行の帰りで疲れていたので、選択の余地なく2階のカウンター席へと向かった。
2回連続でこの店を訪れた理由と言うのは、屋号からもわかるように海鮮類で一杯やりたかったからだ。辰万で肉系をガッツリ食べてきたからかもしれない。しかも、この店のオーナーは築地で魚屋をやっており、魚の目利きは確からしい。
カウンターに座ると、隣で新聞を読んでいた男性が愛想よく私に声を掛けてきた。なれなれしい常連客だなと一瞬思ったが、その男性が実はオーナーだったのだ。
宮城県の名酒「一ノ蔵」と、彼岸フグ、ホタルイカを注文し、名酒をチビリとやりながら魚を食う。私は飲食をする際、自分が何を食べて飲んだか忘れないよう、メモを取るのが習慣になっているのだが、そんな様子を見ていたオーナーが声を掛けてきた。
「お客さん、業界の方かい?」
確かにマスコミ関係者には違いないが、地方の新聞社勤めに過ぎず、しかも今はプライベートタイム。でも正面切って否定するのも何だかなあと思ったので、適当にお茶を濁させてもらった。
追加で菊正宗とキンキの揚げ物も頂戴した。オーナーも業界人でないとわかって安心したのか、あるいは追加注文に気を良くしたのか、この店を出すまでの苦労など身の上話を聞かせてくれた。面白い話だったが、さすがにメモを取るわけにはいかないな。
蒲田「かるちゃん」~立ち飲みの出発点にやって来た
さしみや五坪を出た。次はどうしようか、などと迷う必要はない。五坪1階の立ち飲みスペースの隣に、次に行くべき店が待ち構えているからだ。それが「かるちゃん」である。
この「かるちゃん」こそ、2年前、生まれて初めて入った立ち飲みの店なのだ。
立ち飲みどころか、昔ながらの大衆酒場に行ったことすらなかった私にとって、「かるちゃん」の暖簾をくぐったのは一大決心だった。「立ち飲みの流儀も知らない若造の来るような店じゃねえ」と、ご常連にタンカを切られるのではないかと心配したほどだ。
でも、そんなことを言うご常連はなく、お店のにいさんやお母さんに気持ちよく接客していただいた。大衆酒場を歪んだイメージでとらえていた私は恥ずかしかった。そして、カウンターに陣取って飲むのが、こんなに楽しいとは・・・
「かるちゃん」が初めてでよかった。
この店のお陰で、立ち飲みや大衆酒場にのめり込んでいくことができたのだから。感謝に絶えない。
そんなわけで、「かるちゃん」2回目の来店。時間が遅かったこともあり、ご常連はおろか客は誰もいない。この店の定番メニューである鰻の肝焼きとソラマメを注文。時がゆっくり過ぎている感じがする店内で、チューハイを飲みながら一人味わった。
蒲田、いいまちだ。すっかり酔っちまったな。
(2006年4月忘備録)
エッセイでご紹介した店舗(食べログページにリンク)
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