酔いどれ男のさま酔い飲み歩記⑬~都会のディープゾーン、新橋の駅ビルに突入

2023-06-15

ひとり旅にはお似合いの一人酒を、面白おかしいエピソードでつづる体験談エッセイ「酔いどれ男のさま酔い飲み歩記」。第13回「都会のディープゾーン、新橋の駅ビルに突入」のタイトルで、東京都港区新橋での飲み歩きを掲載します。

※飲み歩き当時を綴ったエッセイなので、お店の情報など現在と異なる場合があります

はじめに

新橋には、サラリーマンの聖地という表の顔だけでなく、戦後の闇市からスタートしたディープゾーンを持つ別の顔がある。その象徴的な場所が、新橋駅前ビル1号館、2号館とニュー新橋ビル。ビル内に小さな店が居並んでおり、いかにもディープさが漂う。

数年前の私であれば、君子危うきに近寄らずであっただろうが、もはや君子ではない。そればかりか、西成のあいりん地区で2度も飲み歩いたツワモノである。新橋のビルなど恐れるに足りぬと意気込み、酒飲みの好奇心を満たしたいと思った。

ビル内にはどんな魔力、いや魅力が待ち受けているだろうか?

 

新橋駅前ビル「こひなた」~縄のれんの向こうに立ち飲み客

こひなた

新橋駅前ビルの飲食店街に突入した。駅前ビルは1号館、2号館とエリアが分かれている。どちらも小さな店がびっしりと軒を連ねており、業態も立ち飲みからスナックまで幅広い。通路も広いところばかりではなく、辛うじて人がすれ違えるだけの狭いところもある。

そんなわけで口明けは、立ち飲み「こひなた」にしよう。縄のれんがかかった店だが、のれんの下に立っている人の姿が見える。空いているスペースを狙ってもぐりこむ。カウンターだけの狭い店で、私が訪れた時は女将さんが一人で切り盛りしていた。

早速生ビールと冷ややっこ、それに珍しいシロナガスクジラの刺身を注文。捕鯨禁止の国際的なあおりを受け、クジラ刺しもめったに食べられなくなってしまった。にしても、クジラが置いてあるばかりか、300円という値段が嬉しい。

「お金をそこに入れてね」。

灰皿を指さした女将さん。うっかりしていたが、キャッシュオンデリバリー(前金)だったのだ。灰皿と勘違いしたのは料金皿で、お釣りは皿に戻してくれる。このシステムも、一度経験していれば戸惑うことはない。

後で気が付いたが、この店は大皿料理など値段の付いていない肴は200円均一だった。大阪では珍しくないが、東京では激安の部類に入る。口明けにはこのうえない安上がり。おっちゃんやサラリーマンでにぎわうはずだ。

 

ニュー新橋ビル「とり茂」~通路角にある丸見えの酒場

続いては、駅を隔てて西側にあるニュー新橋ビルに突入する。新橋駅前ビルと比べると、やや明るい感じはする。それでも、様々な業態の店が居並び、一般人?からすればディープなゾーンには違いない。そのなかでも、ひときわ目立つ店に吸い込まれた。

通路の角にある酒場「とり茂」である。

カウンターだけの店だが、立ち飲みではなく、いすに座って飲める。が、ここで飲むのはなかなか勇気がいる。というのも、通路から丸見えという明け透けっぷりで、頻繁に歩いている通行人が、飲み食いする姿をガン見しまくっている。若い女性の一人飲みはムリっぽいな。

中年男にはそんな恥じらいもないので、麦焼酎の水割りを注文。一人で切り盛りしているオヤジさんに皮、砂肝、ししとうを焼いてもらう。付き出しはマカロニサラダだったが、なぜか柿の種を追加してくれた。

この店も、いつの間にか閉店してしまったようである。良さげな店だったので残念だ。

 

新橋「立呑屋」~そのまんまの立ち飲み屋

ここで、ビルから離れて駅前界隈を歩く。飲み屋街らしい雰囲気にちょっと安心したりもする。この日は土曜日だったので休んでいる店も多かった。しかも、サラリーマンが憩うような酒場に限って店が開いていない。

ふらりと入ったのが、名前そのまんまの「立呑屋」。すなわち、立ち飲みの酒場なのである。

3軒目なのでそろそろ日本酒が飲みたいところ。肴にはやっぱり刺し身がいい。店員に声をかけると、残念ながら刺し身は売り切れとのこと。日本酒を頼んでしまったので、仕方なくコマイを焼いてもらおう。

お通しは「生野菜」と書いてある。が、ちっとも出て来ない。忘れているなんてけしからん、というわけではない。カウンターにキャベツがてんこ盛りで置かれており、客は勝手に皿へ盛って食べる、というシステムなのだ。

生のキャベツをムシャムシャかじるのは、大阪の串カツ店で慣れっこである。コマイが焼きあがるまではキャベツでしのぎ、コマイと日本酒を合わせ、グイッと飲み終えたところでサッと店を後にする。
立ち飲みは、せっかちに飲むくらいがちょうどいい。

 

新橋駅前ビル「たこ助」~蘊蓄オヤジと酔っ払い中年とママ

たこ助

だいぶ酔いが回り、テンションが上がってきた。ならば、もう一度新橋駅前ビルに突入するしかない。酔ってくればディープゾーンもなんのその。そんな私の目の前に、小さなカウンターだけの店が飛び込んできた。ママさん一人で切り盛りする「たこ助」である。

カウンターだけと言ったが、正確には「通路にはみだしたミニテーブルスペース付き」の店。ニュー新橋ビルのとり茂も明け透けだったが、ここはさらに開放的である。ゆえに、酔客のようすを遠巻きにしながら、通路を歩く人も多い。こっちはお構いなしなのだが。

ママさんに日本酒の「ねのひ」を注文。腹具合はいいので、日本酒に合うタコぶつ、塩辛でしのぐ。先客は二人で、それぞれ一人酒中。かたや、語り口に蘊蓄(うんちく)のある年配男性、こなた、私と同世代のベロベロに酔っ払った中年男。

二人とも常連か、たまたま店で行き会っただけかは分からない。

年配男性はしきりに中年男に蘊蓄を傾ける。中年男は聞いているのか、いないのか、適当に相槌を打っている。そこにママさんが時々、突っ込みを入れる。そんな会話を面白げに聞いている私。小さな酒場らしい光景である。

年配男性の話は面白いことは面白いが、深入りしてしまうと、かえってうっとうしくなるので、適度に距離を置く。でも、こういう雰囲気は悪くない。時間も遅くなったので、後ろ髪を引かれるようだったが、酔っ払い中年男と握手をして店を出た。

新橋、楽しかったぞ。また来るよ!

(2008年5月忘備録)

エッセイでご紹介した店舗(食べログページにリンク)

新橋「こひなた」
新橋「立呑屋」
新橋「たこ助」

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