酔いどれ男のさま酔い飲み歩記①~名酒場の洗礼を浴びた大阪初飲み
ひとり旅にはお似合いの一人酒を、面白おかしいエピソードでつづる体験談エッセイ「酔いどれ男のさま酔い飲み歩記」。第1回は「名酒場の洗礼を浴びた大阪初飲み」のタイトルで、初めての大阪での酒場巡りを掲載します。
※飲み歩き当時を綴ったエッセイなので、お店の情報など現在と異なる場合があります
はじめに
「旅行とは地方に出かけていくものだ」と、漠然と思っていた私が、大都市大阪を旅しようと思った理由は一つしかない。大阪が「食い倒れのまち」だからである。私にとっては「食う」=「飲む(呑む)」でもあるので、「飲み倒れ」と言い換えてもいいだろう。
30代の頃、大阪の新世界界隈を歩いた時、朝っぱらから大衆酒場で飲むオヤジたちを見て「コワイところだ」と思ったものだ。時は過ぎ、オヤジたちの年代に近づいた私は、ようやく大阪というまちで「飲み歩く資格」を得た気がしたのだ。
大阪の酒場との長い付き合いの第一歩が、今始まろうとしている。
東京駅「赤垣屋」~大阪へのプロローグ
寝台急行「銀河」号に乗って東京駅から大阪駅へとやって来た。最初で最後の夜行を使った大阪入りである。長野県在住の身なので、中央西線で名古屋に出て、新幹線で約50分という最短ルートを使うべきところだが、わざわざ東京へと迂回(うかい)したのには理由があった。
それは、大阪の有名酒場が東京駅の地下街に出店したとの情報をキャッチしたからである。
その名は「赤垣屋」。
大阪の酒飲みなら誰もが知っている大衆酒場だ。なんで大阪へ行くのに、東京でわざわざ大阪の酒場に寄るのだろう。それは「大阪の酒場とはどんな感じなのか」という事前リサーチをしておこうという、私の慎重というか、石橋を叩いて渡るような性格が出たからだ。
本題とは外れるので、赤垣屋での前夜飲みについて詳しくは触れないが、客層を見てもほぼサラリーマンばかり。今思えば、大阪の大衆酒場の雰囲気とは似ても似つかない。そのせいだろうか、東京の赤垣屋は、いつの間にか撤退していたのである。
断わっておくが、大阪の赤垣屋はなんばに本店がある人気の激安酒場だ。いずれ書く機会があろうかと思うので、このあたりで閑話休題とする。
天満「七福神」~驚きの100円生ビール
大阪観光をしているうちに昼時が迫ってきた。初の大阪飲み歩きでメインイベントに据えている名酒場が控えているので、その口明けはさらりと流しておきたい。
日本一長いアーケードと言われる天神橋筋商店街を歩き、JR天満駅のガードをくぐったところで、驚くべき看板を見つけた。
「生ビール100円」天満七福神
大阪の大衆酒場は安いと聞いていたが、生ビール100円とは驚きである。狭い店だが、幸いカウンター席の一角が空いていたので、急いでなだれ込む。もちろん、最初の注文は生ビールであることは言うまでもない。
だいたい、この手のサービス品というのは、小さなグラスに一杯というのがお決まりなのであるが、七福神は違っていた。ちゃんとジョッキに注いでいるのだ。もちろん、1人1杯という制限はついているが、チョイ飲みならこれで十分だ。
七福神は串カツの店なので、キスと山芋とレンコンのカツを注文した。ビール一杯であれば、カツ3串くらいでちょうどいい。もとより、定価となる2杯目をいただくつもりはない。ずらりと並んだ串カツメニューはどれも美味そうだったが・・・
ビールを飲み干し、串カツを食べ終えたので勘定を済ませる。450円、こんなに安いのか。ワンコイン(500円)でもお釣りがくるのだから、恐れ入る。雰囲気のいい店だったので申し訳ない気もしたが、割り切って店を出た。
阿倍野「明治屋」~一人酒がよく似合う名酒場
いよいよ飲み歩きのメインイベントを迎える。居酒屋探訪家で同郷(長野県出身)でもある太田和彦さんが、日本三大酒場に掲げた名店が大阪にあるのだ。もちろん、酒場詩人の吉田類さんも訪れている有名酒場。
それが「明治屋」である。
交通の要衝・天王寺駅の周辺を阿倍野と言い、超高層ビル「あべのハルカス」がある大阪屈指の人気スポットだが、この当時はハルカスの建設前で、これから周辺再開発が進められようかという感じであった。
そんな再開発とは無縁な昭和の雰囲気漂う「明治屋」。大人の酒飲みしか受け付けてもらえないような武骨な店構えに、気後れしがちであったが、昼の開店時間は過ぎていてのれんも出している・・・ならば、意を決して入るしかないだろう。
渋いカウンターの一角に腰を下ろし、燗酒を注文。仏頂面した親父さんが、樽酒から升に酒を注ぎ、燗付け器で温め、ガラスの徳利に注いで出してくれた。初めての名店に緊張していたが、ぬる燗の一口でようやく身も心もほぐれた感じだった。
改めて店内を見渡してみると、私以外に10人ほどのお客がいたが、2人連れが1組いるだけで、あとはすべて1人客である。店にはテレビはなく、BGMも流れていない。柱時計のカチ、カチ、カチという音がよく聞こえるほど、皆さん静かに酒と肴を楽しんでいる。
だからと言って、かしこまっているわけではない。
人の邪魔をせず、マイペースで飲んでいるだけなのだ。これぞまさしく、一人酒の神髄であろう。ならば、私も楽しまねばならない。戻りガツオを頼もう、イワシの梅肉あえを頼もう。
酒のお代わりは、芋焼酎がいい。「佐藤」を前割りでいただく。前割りとは、焼酎と水を混ぜて寝かしておいたもので、まろやかな味わいが心地よい。チビリ、チビリと飲みながら、どんどん店の雰囲気に包まれていく。これぞまさに名店の魔力なのである。
いい店だった・・・でも、年配のご常連さんたちを見ていたら、「こういう酒場に馴染むには、まだまだ若すぎるな」と思った。名酒場の洗礼を見事に浴びたのだ。
10年経って、もっとジジイになってから、もう一度、明治屋ののれんをくぐるとしよう。
(2006年10月忘備録)
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