旅道楽なエッセイ~なつかしの鉄道乗りある記「三江線」第2話
ひとり旅の思い出などを綴る旅道楽なエッセイとして、「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記で、今回は山陰から中国山地へと分け入っていたローカル線「三江線」第2話をご案内いたします。
「三江線」第2話

江津駅から乗客8人を乗せて、ゆっくりとディーゼルカーは出発する。私を除けばすべて地元の人のようで、観光客やマニアの姿はない。
右カーブを切りながら山陰本線から分かれ、少し走ったところで江の川と合流。そしてすぐに江津本町駅に到着する。ここで学生が1人乗車した。
「学生が・・・」と記述を始めたところで、ボールペンに異変が起こった。なんと、インクが切れてしまったのである。これは久々に旅先での大ピンチに見舞われた。
もう少し早いタイミングでインク切れが分かっていたら、どこかでボールペンを購入するという手段も取れたのであろうが、列車内ではどうにもならない。
乗っている学生から有償で分けてもらおうかとも思ったが、それもみっともない。仕方がないので、ボールペンの筆圧を頼りに、記述を続けることにする。
このあたりの江の川は、河口近くだけあってなかなか川幅も広い。雄大な流れを見せてくれる。三江線は、その川岸をぬうようにして路線が作られており、小さいトンネルがかなり多い。しかも、地形に忠実な路線なので頻繁にカーブを切っている。車内に車輪とレールがこすれる金属音が響く。
川平駅に到着。ここは二面のホームであるが、片側のホームは事実上使われておらず、レールもはがされていた。かつて本数が多いときは列車交換駅の役目を果たしていたが、もはやその必要はないのだろう。
江の川がずっと平行して流れているので、景観はなかなかよい。川はゆったりと流れているが、さほど高くはないとはいえ山が迫っているという光景は、日本全国広しといえども、そうめったに見られる車窓ではない。
川戸駅で10人ほどの乗車があった。閑散としていた車内がようやく活気付く。しかし、小駅の一つ一つで降車していくので、だんだんと車内は閑散さが戻っていく。
それは近距離利用者が多いことを物語っており、比較的駅間が短いため、ひとつの町村に中心駅といくつかの周辺駅があるという状況を繰り返す。したがって、中心駅で乗車し、周辺駅で降車するというのがこの路線の特徴といえよう。むろん、時間帯によってはこの逆のケースもあるのだろう。
ちょうど全路線の3分の1ほどにあたる石見川本駅まできて、始発の江津から乗車し続けているのは私ひとりになった。
このあたり、周辺の山々もどんどんと深くなっていく。江の川は相変わらず雄大な流れをキープし続けている。それほど勾配はきつくないようである。
木路原(きろはら)、竹、乙原(おんばら)、粕淵(かすぶち)と、魅力あふれる小駅が続く。
駅周辺にはかろうじて集落が形成されているが、そのほかの区間はあまり民家が見られない。なんだか、路線バスのような感覚で列車に乗っているという感じだ。(つづく)
三江線は、中国地方の山陽と山陰を結ぶ陰陽連絡路線として、広島県の三次と島根県の江津を結ぶ営業距離108.1キロのローカル線として計画され、段階的に延伸されていき、1975年に全線開通となった。ただ、沿線は過疎化が進み、全国屈指の赤字路線だった。
国鉄時代から廃線が取りざたされ、代替道路未整備を理由に細々と営業を続けていたが、ついに2018年3月31日をもって営業終了、廃線となった。三江線はほぼ全線が江の川に沿って線路が敷設されているのが特徴だった。
※このエッセイは、過去にホームページで掲載した「鉄道乗車レポート」をリメイクしたもので、マイケルオズのnote及びブログ「旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り」でも掲載しています
廃線巡りはレンタカーでどうぞ
















